◆我が故郷・下関の竹馬の友・中村 佑君が―
江戸時代の女流文学者・田上菊舎という人に惹かれ~、
彼女が俳聖・芭蕉の旅をなぞって歩いた足取りを追って
旅した紀行文を写真とともにブログにしている。
◆その第19回「明専寺(柏原)」◆
※[註]:柏原は小林一茶の生まれ育った今の信州・信濃町:
明専寺の山内に明願寺と云うお寺が有ります。
明専寺の坊守に伺った話です。
その昔、明専寺山門脇に男の子の捨て子があり、
その子を大切に育てあげ、長じてのち分家をさせたのが
明願寺だそうです。
菊舎は明専寺を訪ねた折、宿を明願寺にお願いしたようです。
明専寺はまた、小林一茶との関わりが深いお寺です。
幼少の頃、継母との軋轢から江戸に奉公に出され、
大人になって俳諧士としての才能を開花させたものの
暮らしはままならず、
江戸に見切りをつけた一茶は、
50歳の年に生まれ故郷の柏原に戻りました。
「門の木も先つゝがなし夕涼み」と穏やかな句を詠んでいる反面、
財産を巡って弟夫婦と骨肉の争いを長年に亘って続けました。
その調停役を務めたのが明専寺でした。
父親の遺言だからと、永年弟夫婦が住んでいた住屋まで
真っ二つに仕切って入り込むなど、
句作の趣からは想像できない苛烈な性格の持ち主だったようです。
その家を火事で失くしてしまうと、たった一つ焼け残った土蔵で暮らし、
64年の生涯を終えるまでを、ここで過ごしました。
(中村 佑) 2015年3月2日
▼写真は本文とは関係ないもので、長野市の善光寺です!